横浜FC

「横浜FCの次なるエースとして、目標の得点数を教えてください」

 

 

新体制発表記者会見でのファン・サポーターからの質問に対し、真っ先に手を挙げたのは、今シーズンから新たにストライカーナンバーを背負う、櫻川ソロモン。

 

 

自らの成長を促すべく慣れ親しんだ地元クラブを飛び出し、自身初の「完全移籍」の道を選んで、新天地に足を踏み入れた。

 

 

「正直、能力はまだまだ。具体的な数字はまだ持っていませんが、この1年で結果を残していきたい」

 

 

世代別代表としても数々の実績も残し、思い描いていたのはプロ1年目からJリーグで活躍する姿。

 

 

しかし、待ち受けていたのは自身の最大の武器である身体能力を凌駕する、プロの技術と強度の高さだった。

 

 

 

いち選手として、花開くために──。

 

 

 

若き“超大型フォワード”の見頃は、ここから本番を迎える。

 

 

三ツ沢に、ゴールの花を

櫻川 ソロモン FW 9

取材・文=北健一郎、青木ひかる

「やんちゃな少年」からの脱却

身長190cm、体重94kg。文字通り“恵まれた体格”を持つソロモンは、2001年8月4日、千葉県千葉市に生まれた。

 

 

社交的な性格は、今と変わらず。サッカー好きのナイジェリア人の父と日本人の母、妹に囲まれ、のびのびと育てられたという。

 

 

「お父さんは少し厳しいところもありましたけど、お母さんはどんな時も『自分の好きなように』と僕に任せてくれる母でした。小さい頃からとにかく活発で、ずっと外で走り回ってました」

 

 

野球、水泳、テニスといろいろなスポーツに触れたソロモンだったが、父の影響もありサッカーの虜に。ポジションはもちろん、フォワード。小学校に上がるタイミングで地元の少年団チームに加入し、すぐに点取り屋としての才覚を発揮した。

 

 

 

そんなソロモンにいち早く目をつけたのが、ジェフユナイテッド市原・千葉。

 

 

 

U-15チームへのオファーを受けたソロモンは、他クラブのセレクション受験を取りやめ、地元クラブの育成組織への加入を決めた。

 

 

「小学生って特に体格差が顕著に現れる年だし、みんなよりは頭二つぐらい出ていたので圧倒的に有利な部分はありました。学校が終わったらすぐ帰ってサッカーするみたいな生活を送っていて、サッカーが楽しくて仕方なかった。でもその分、勉強や生活態度が疎かになっていて……。今思うと本当にやんちゃすぎたなと思います」

 

 

そんなソロモンに対しお灸を据えたのが、当時ジェフU-15の監督を務めていた小野信義(現横浜FCトップチームコーチ)だった。

 

 

「信義さんには中学1、2年生の2年間教えてもらっていたんですけど、私生活のことをかなり厳しく指導されてました。特に勉強面についてはいろいろ言われて、一時期練習に参加させてもらえない時期もありました。本当にめちゃくちゃ怖かったです(笑)」

 

 

 

そんな小野監督が、ソロモンにもう一つ植え付けたのは“勝負へのこだわり”。

 

 

 

「勝ちにこだわることと、フォワードとして点を取るためのチャレンジは要求され続けてきました。そこから“プロサッカー選手”という未来をより意識し始められたので、こうしてプロになって同じチームで再会できたのは本当に嬉しいです」

 

 

ピッチ内外の両面で成長を遂げたソロモンは、無事にユース昇格を掴み取った。

 

 

順風満帆なユースでの日々

高校に入学してからも熾烈なポジション争いを制したソロモンは、2年生から主力メンバーに名を連ねた。

 

 

日に日に増す自信。そして、17歳で初めて召集された世代別代表での活動が、モチベーションをさらに高めていく。

 

 

「自分のチーム内で試合に出続けながら、代表チームではさらに上のレベルの競争を経験することができたことは、自分にとっての財産になりました」

 

 

代表を通して交流が深まった斉藤光毅は、仲良しの同期でもあり、良きライバルでもある。

 

 

「一緒に上の年代でプレーもしていたので、メンバーの中でも特に喋ることが多かったです。同い年で、ユースの頃からもうJリーグでプレーしていて……。自分も頑張らなきゃいけないと思えたし、刺激になりました」

 

 

ジェフユースと代表チームのそれぞれで結果を残したソロモンは、周囲の期待通りトップチームに昇格。プロサッカー選手としての第一歩を踏み出した。

 

「もがくことを知った」初めての挫折

念願のプロ入りを叶えた2020シーズン。

 

 

新型コロナウイルスの影響により異例の事態が続きながらも、7月15日のJ2リーグ第5節・ツエーゲン金沢戦で先発入りを果たしたソロモンは、ヘディングでの競り合いからこぼれ球を押し込み、デビュー戦でいきなり初ゴールをマークした。

 

 

「思い返せば、それまで挫折をしたことがなかったんですよね。だから、1年目の最初は本当に自信満々で、正直『自分なら全然やれるだろう』と思ってしまっていたところがありました。しかもデビュー戦でいきなり点も取れて、自信が過信に変わってしまった。ゴールはすごく嬉しかったですけど、うまく行きすぎたのかもしれません」

 

 

センセーショナルにJリーグデビューを飾り、第7節で2点目を挙げる。しかし、その後は思うようにゴールを奪うことができず、もどかしい日々が続いた。

 

 

「夏以降はチームも苦しくて、残り10節以降はメンバーに入ることもできなくなりました。これまで試合に出られなくなる経験がほとんどなかったから、そういう時の振る舞いやメンタルの持ち方をどうしたら良いのかがわからなくて……全然自分に矢印を向けられていなかったです」

 

 

サッカー人生で初めてぶつかった、大きな壁。

 

 

立ち止まるソロモンを鼓舞したのは、厳しくも優しい千葉の先輩たちだった。

 

 

「2年目になって、周りからも『お前このままだと厳しいぞ』と。増嶋竜也さんや、安田理大さん、新井章太選手。経験のある選手からの言葉で、ようやく目が覚めました。そこからもがいて、必死に練習に取り組んで、また少しずつ試合に出られるようになりました。すごく苦しかったけど、自分にとっては大事な経験になりましたね」

 

 

初めての挫折を経て自信を取り戻したソロモンは、2年目に4ゴール、3年目に7ゴールと得点数を伸ばしていった。

 

できることをひとつひとつ

「千葉のことは大好きですし、自分を育ててもらったクラブなので、やっぱり想い入れも強かったです。でもサッカー選手である以上は、より自分を必要としてくれるチームでプレーしたいという想いもある。すごく悩みましたけど、新しい場所でチャレンジすることにしました」

 

 

2023シーズンのファジアーノ岡山での期限付き移籍を終えたソロモンは、生まれ育った千葉を離れることを決めた。

 

 

新天地に選んだのは、1年でのJ1復帰を目指す横浜FC。

 

 

クラブの環境やビジョンを聞いたことで「自分自身が活躍する未来がイメージできた」ことが、最大の決め手となったという。

 

 

「今シーズンは特にJ1で経験を積んだ選手も多いですし、『1年で絶対に昇格する』という目標があるからこそ、選手ひとりひとりに対する要求の基準も高く、雰囲気もすごくいいなと感じています。特に同じポジションの(伊藤)翔さんは、親身になってアドバイスをしてくれますし、ありがたい存在です」

 

 

人一倍食事に気を遣うソロモンにとって、クラブハウスの食堂で朝・昼・夜と栄養のバランスが取れた食事を取れることも、コンディション維持の大きな支えだ。

 

 

また、新たにパーソナルジムでのトレーニングも取り入れ、よりベストなパフォーマンスを発揮できるよう、体づくりに励んでいる。

 

 

「岡山の時も、なかなか点が取れなかったことに対してすごく焦ってしまった時期がありました。でも今は落ち着いて、できることをひとつひとつこなそうという気持ちで、自分と向き合えているなと感じています」

 

 

第6節の鹿児島ユナイテッド戦では待望の移籍後初ゴールを決め、“ゼロ”を“イチ”に変えることができた。

 

 

 

焦りはない。

 

 

「ただ、安心しているわけでも、もちろんない」と強い決意を口にする。

 

 

 

「フォワードとして得点を取り続けるために僕は横浜FCに来ました。現状の課題にも目を向けながら2桁得点を取って、チームに貢献したいです」

 

 

 

苦悩を乗り越えたたくましい蕾(つぼみ)は、J1昇格の道を彩る“ゴールの花”を咲かせてくれることだろう。

 

PROFILE

櫻川ソロモン/FW

千葉県千葉市出身。2001年8月4日生まれ。190cm、94kg。地元の少年団・JSC CHIBAでサッカーを始め、スカウトを受けジェフユナイテッド千葉U-15、U-18でプレー。2017年にはU-17日本代表に選出され、2019年にはAFC U-19選手権予選でハットトリックを決めるなど、国際大会でも実績を残した。2020シーズン、念願のトップチーム昇格を叶えると、デビュー戦から初ゴールをマーク。3年間プレーしたのち、ファジアーノ岡山への期限付き移籍を経て、今シーズン横浜FCに完全移籍で加入した。類稀なる身体能力を活かし、ポストプレーヤーとして躍動。最前線で体を張りボールを収めて得点チャンスに繋げる。